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ざいがくりゆう

在学理由

豊島 与志雄

「日本評論」1938(昭和13)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,167 字 · 21 页

青空文庫

と呼ぶ立派な息子が――あろうとは、誰にも思いがけなかったのだ。

日が暮れて、外が暗く家の中が明るくなり、更にその明暗の度が強く感ぜらるる頃になってから、どこからともなく集ってくる連中だ。始終一緒になる常連の間でも、誰がどこに住んでるか、どんな生活をしているか、ばかりでなく、お互の名前さえ、よくは分らず、濛とした酒気と煙草の煙のなかで、ただお互の顔付だけが符牒だ。その、彼の符牒に、あの若者の息子はどうもつかなかった。

――本当の息子だろうか?

人相といい言葉の調子といい、たしかに本当の息子らしかった。

「それにしても、ばかに早く子供を拵えたもんだな。」

首を傾げて、看板書きの画工が、さも感心したように大声で云ったので、連れの浮浪青年が笑いだした。

「何もおかしいこたあねえ。」

笑い声におっかぶせて、これも常連の、印半纒の男が、自信ある調子で云いだした。

「誰だって、遅かれ早かれ、一度は親父になるんだ。俺だって親父だよ。もっとも、まだちっちゃな奴の親父だが……。」

浮浪青年はまた笑った。

「おやじに……おやじに……おやじか……。」

親父ということが、どうして急に可笑しなものとなったのか、誰にも分りはしない。