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ちじょう

地上

島田 清次郎

地に潜むもの

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 175,250 字 · 350 页

青空文庫

と言いかけて自分が今まるで無能力な状態になっていることを反省して自分に恥じた。

「ありがとう」

彼は何事もなかったように茶を飲み干した。そしてまるで久しい馴染のように話しかけた。

「今夜の七時にここへ着いたばかりだよ」

「さようでございますか」

「もう何時かな」部屋の片隅の置時計が十時二十分を指していた。

「十時二十分過ぎでございます」

「暫く世話になるから――冬子と言ったね」

「はい」

この部屋と簀戸越しの次の室にこの時蚊帳を吊る吊り手の金環の触れ合う音や畳摺れの音が聞えた。簀戸が静かに開けられて、女中が手をついて「お床を敷きましてございます」と言った。草色の衣で蔽われた電燈の光は縫い目のない蚊帳を海底のように染めて、微風に衣が揺らぐ。冬子は敷かれた二つの床を見た。「思想」になりきらない異様な感情が胸のうちに圧迫して来た。

「あの、お風呂をわかしてございますから、一風呂お浴びになってお寝りなさってはいかがでございましょうか」

「入るよ」地面に食い入ったようだった彼の体躯が、むっくりと起きかえった。

「お前は――」

「わたし――」

「そうか、わたしひとりで入って来よう」