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ちじょう
地上
島田 清次郎
地に潜むもの
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 175,250 字 · 350 页
心はすでに遠く離れてしまった。
「冬子」
「はい」
「お前は鼓が上手だそうだね」
「はい」
「この月夜だ。聞かしてくれないか」
なじみ深い芸道に対する熱愛が解放された冬子の心身に甦った。ああ、打とう、打とう、この好き夜を打って打って打ち明かそう! 彼女は凛然と言った。
「お幸さん、絃をお願いします」
「ようござんすわ、冬子さん」
お幸の三味線と冬子の鼓が取り寄せられた。冬子は脈々と湧き立つ芸道の悦びの波を制しつつ、永年愛しているなつかしい大小の鼓をなでまわした。悪びれもせず、朋輩の幸運を祝うこの夜に、真面目に三味の音色を整えはじめたお幸の艶やかな姿には、同じ芸道に対する自信と熱情が漲っていた。一座は粛然と静まりかえった。
澄みわたった大空に月は明鏡の如く清く照っていた。大空いっぱいが寒い白光に明るめられ、下界は森然と水のように透明であった。静かに澄み切ったこの世界に、三絃の音調が緩やかに低く鳴りはじめた。音色は緩やかな平和な調べをようやくに強め、撥の音が水を切るように聞えたとき、極めて柔しい小鼓の音が、三絃の調べにからみ合った。奔流のように瀬波をつくって高くなり低くなり奔放な情調を伸べようとする三絃の音色の要々を、時には軽く時には重く、鼓の音が厳粛に引きしめ、制えつけ、緊め上げつつ、音曲は悲壮に高められて行く。