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ちじょう

地上

島田 清次郎

地に潜むもの

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 175,250 字 · 350 页

青空文庫

それを尾沢達が喜ばない。のみならず、あの乱酔をはじめようとしている。たとえ両親を早く失って兄の手に育てられ、遠い北国の市街へ来ている彼にしても、まだ兄の手に養われる学生の身分として、中流以上の家庭の子弟としての宮岡と、尾沢達の間には極めて肝心なある世界が共通でなかった。尾沢にとってはたとえそれがロシヤの大作家であろうとも、今のさき話しつつあった命がけの話の只中にのさばり出ることは、許し難い神厳を犯す行為であらねばならなかった。耳に頭脳に尾沢達の話を聞きいれても魂の開かない宮岡には、永井や尾沢の現実的生活に対してもドストエフスキイの小説を味わうような態度にしか出られなかったのである。

「ドストエフスキイが泣いていらあ! 己の胸の中で泣いていらあ!」

ひたすらに沈黙して僅かに生々しい焼肉を食っていた平一郎は尾沢の瞳に真珠のように小粒な涙滴を見ることが出来た。そのうちにあわただしい足音をさせて「おう寒い」と二重マントを片隅に脱ぎ捨てて髭を生やした三十五、六の壮年の知識階級の男がはいって来た。この男は市街で唯一の万年筆の問屋の主人で、無妻であった。このグループの機関雑誌『底潮』