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うずもれたそうせきでんきしりょう

埋もれた漱石伝記資料

寺田 寅彦

「思想 第一六二号 漱石記念号」1935(昭和10)年11月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,234 字 · 7 页

青空文庫

つい近頃になって「B教授の追憶」を書くときにふとそのB教授の手紙を想い出すと同時にこの抽出しとS先生の手紙を想い出したのであったが、今ではもう昔の教室の建物はすっかり取毀されてしまって、昔の机などどうなったか行衛も分らず、ましてやその抽出しの中の古手紙など尋ねるよすがもなくなってしまった訳である。実に申訳のない次第である。

S先生の手紙の内容を想い出そうと骨折ってみても、もうどうしても想い出せない。ただ一つ、なんでも幼い夏目先生がどこかの塀の上にあがっていて往来人に何かぶっかけて困らせたと云ったようなことがあったような気がするだけである。要するに、具体的な事件は一つも覚えていないが、ただその手紙の全体としての印象は、先生が手のつけられない悪戯っ児の悪太郎であったということであった。

事実はとにかく幼時における夏目先生が当時のS先生の記憶の中にそんな風に印象されたということは事実であろうと思われるのである。

こういう風に考えて来てから、さらに振返って熊本時代の夏目先生が「アー、Sかー」と云って不思議な笑いを見せられたことを追想するとそこにまた色々な面白い暗示が得られるようである。