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うずもれたそうせきでんきしりょう

埋もれた漱石伝記資料

寺田 寅彦

「思想 第一六二号 漱石記念号」1935(昭和10)年11月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,234 字 · 7 页

青空文庫

溝淵氏は自分等の中学時代に『ラセラス伝』を教わった先生であって、その後ずっと高等学校長を勤めておられたがこれもついごく最近に亡くなられた。

もう一つ、自分の学生時代に世話になった銀座のある商店の養子になっていた人から聞いた話によると、その実家というのが牛込の喜久井町で、そのすぐ裏隣りとかに夏目という家があった、幼い時のことだから、その夏目家の人については何の記憶もないがその家居のさまなどは夢のように想い出されるとのことであった。

こういう種類の思わぬ縁故で先生の生涯の一部に接触した事のある人がまだまだ方々にいくらでも隠れているのではないかという気がする。

われわれ先生に親しかった人々はよほど用心していないととかく自分等だけの接触した先生の世界の一部分を、先生の全体の上に蔽い被せてしまって、そうして自分等の都合のいいような先生を勝手に作り上げようとする恐れがある。意識的には無我の真情からそうするにしても結果においては先生にとって嬉しくないかもしれない。

場合によってはかえって先生の味方でなかったあるいは敵であった人々の方面からも隠れた伝記資料を求める事も必要ではないかと思うのである。