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しおばな
塩花
豊島 与志雄
「世界」1946(昭和21)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,421 字 · 25 页
そういうところへ、半白の髪を短く刈った肥満した人がはいって来た。その人は上席の方について、真先にビールの杯を取り上げた。
「ぶらぶら歩いて来て遅くなりましたが、焼け跡も楽しいものですな。」
その声は大きく、一座のすべての人に話しかけるような調子だった。そして彼は、焼け跡の畑について語った。麦のこと、大根のこと、菜つ葉のことを語った。
「然し、収穫は乏しいでしょう。大根の根は筋ばって細いし、麦の穂も大して実りますまい。肥料が平衡を得ていませんからね。加里と窒素が多すぎて、燐酸分が足りないですよ。」
すると、末席の方から、佐竹という若い人が言った。
「そうです。すべてに燐酸が足りません。」
「なるほど、すべてに燐酸が足りないかな。」
肥満した人は笑い、佐竹は顔を赤めていた。
それだけのことが、奇妙に一座の空気をはっきり照らしだした。実は、それまで、ごく普通の話題ばかりであり、ごく普通の意見ばかりにすぎなかったが、そのごく普通のことが蘇鉄の葉蔭で話されてることに、なにか普通ならぬものがあった。十二月九日のことで、昨年までは開戦記念日の翌日だったのが、今では日本が偉大な錯誤にふみこんだ記憶すべき日の翌日、連合軍司令部の記述した「太平洋戦史」