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ぼちてんぼうてい

墓地展望亭

久生 十蘭

「モダン日本」1939(昭和14)年7月~8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 46,485 字 · 93 页

青空文庫

神よ、皇女殿下の魂の上に特別の御恩寵を給わらんことを、切に願いまつる。

一

もう、そろそろ冬の「社交季節」が終りかけようとしているので、ホテルの広い食堂には、まばらにしか人影がなかった。

志村竜太郎は、海に向いた窓のそばの食卓に坐って、ぽつねんとひとりで贅沢な夕食を摂っていた。この長い半生、たいていそうであったように。

地中海の青い水の上に、松をいただいた赤い岩がうかんでいる。いま長い黄昏が終り、夕陽の最後の余映が金朱色にそれを染めあげる。

竜太郎は、沈んだ眼ざしでそれを眺めながら、口の中で、こんなふうに呟く。

「おれは、明日、あそこで、死ぬ」

ホテルの小艇が、あの岩のあたりまで漕ぎ出してゆく。一発の銃声が反響もなく空に消え、ひとつの肉体が軽々と空間の中に落ちこむ。

青い水をしずかにひらいて、いのちのない骸を受け取り、それを静寂な海の花園に横たえるために、ゆるやかに、ゆるやかに、おし沈めてゆく……

「明日、おれは……」

なぜ、明日でなくてはいけないのか。

それは、こんなにも自分を困惑させ、こんなところへ押しつめてしまった人生に対して、最後にこちらで存分に愚弄し、焦らしてやりたいと思うからである。