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ぼちてんぼうてい
墓地展望亭
久生 十蘭
「モダン日本」1939(昭和14)年7月~8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 46,485 字 · 93 页
思わず、呻き声をあげた。
六十ばかりの寛容な面持をした白髪の老人が、寄って来て、無言のまま竜太郎の枕もとに坐った。こうして、坐っていてやりさえすれば、相手を慰めることができると思っているふうだった。竜太郎には、すぐ、その心が通じた。
「どうぞ、水を」
老人は、無言のまま首を振った。
竜太郎は、たずねた。
「ここは、どこです」
老人は美しい抑揚のある仏蘭西語でこたえた。
「マリッツァ砲台監獄の地下牢です」
ぼんやりと、記憶が甦ってきた。
じぶんのペン・ナイフが浅黒い顔をした男の頬を斜めに斬り裂き、おさえた指の股からあふれるように血が噴き出し、ゆるゆると袖口の方へ流れ込んでいたことが妙に鮮かに残っていた。ひと跳躍して、街路樹に背をもたせて喘いでいるやつへ飛びかかろうとしたとき、突然、後頭部に眼の眩むようなひどい衝動を受け、それっきり、何もわからなくなってしまった。
頭の痛みは、いまも、そこからくるらしかった。突き刺すような疼痛をこらえながら、そろそろと手を上げて、指で後頭部にさわると、指先にヌルッとしたものが触った。藁が何かじめじめしているのは、じぶんの頭から流れ出した血で濡れているのだった。