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へんなおとこ
変な男
豊島 与志雄
「中央公論」1923(大正12)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 40,508 字 · 81 页
今井は黙っていた。
「御免なさい。ねえ、私謝るから……。」
「謝ることなんかありません。」と云って今井は鼻の涙をすすり上げた。
「だってあなたは……。」
「いえ、何でもありません。」
「そんならいいけれど……。」そして彼女はまた繰返した。「御免なさい、ねえ。私には何にも分らないんですもの。」
今井はぴょこりと頭を下げた。
「私の方が悪いんです。あなたは全く純潔です。ただ、愛のことを考えといて下さい。すぐに分るんです。ほんとに考えといて下さい。」
「ええ。」
「屹度ですね。」
「ええ。」
それから、今井は黙り込んで、いつまでたっても石のように固くなっていた。澄子は立上って、自分でも訳の分らないことを考え込みながら階下に下りていった。
奥の室で、箪笥の中を片付けていた母に、ぱったり顔を合して、その顔をぼんやり見つめると、澄子ははっと夢からさめたように、頭の中がすっきりして来て、今井と交えた滑稽な会話が、まざまざと思い浮べられた。そして急に可笑しくなって、其処に笑いこけてしまった。
辰代は呆気にとられた。
「澄ちゃん! どうしたんですよ。狂人のように笑ってばかりいて!」