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へんなおとこ
変な男
豊島 与志雄
「中央公論」1923(大正12)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 40,508 字 · 81 页
」
そして彼女は、傍から中村に宥められても承知しないで、今井の方へにじり寄っていった。
「あなたのような人には、何を申しても応えがありませんから、もう何にも申しません。明日から、今日からでも、何処へなりといらして下さい。もう私共ではあなたをお世話を致すことは出来ません。」
調子が落付いているだけに本当の憤りの籠ってるその言葉を、ねっとりと今井へ浴びせておいて、それでもまだ足りないかのように、底光りのする眼を今井の顔に見据えた。今井はその顔をぎくりと挙げて、彼女の視線にぶつかると、固くなって息をつめたが、一秒二秒の間を置いて、ぶるっと身震いするように立上った。その時、室の隅っこで呆気に取られていた澄子が、はっとして同時に我を忘れて、いきなりそこへ飛び出して、母を庇うというよりは寧ろ、母の肩に取縋った。
「お母さん!」
「あなたが出る所ではありません。」と云って辰代は、澄子の手を払いのけた。そして今井の方へ一膝進めた。「打つなら打ってごらんなさい。女だと思って馬鹿にして貰いますまいよ。さあ只今からでも、何処へなりと出て行って下さい。」
今井はつっ立ったまま、握りしめた両の手をかすかに震わしていたが、澄子の驚き恐れた兎のような眼付を見ると、つめた息をほーっと吐くと共に気勢を落して、其処にがくりと膝を折って坐った。