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へんなおとこ
変な男
豊島 与志雄
「中央公論」1923(大正12)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 40,508 字 · 81 页
」
「好きでも嫌いでも……どちらでもないわ。」
「それじゃあ何も恐がることはないよ。恐い恐いと思ってると、しまいにはもう動きがとれないほど、好きで好きでたまらなくなるかも知れない。」
冗談かと思って澄子は、返辞に迷って中村の眼を見たが、その真剣な眼付に心を打たれた。
「恐がってはいけないよ。」と中村はまた云った。「平気でいさえすれば大丈夫だ。」
そうかも知れないと思う気持と、しっかりした柱を見出した気持とで、澄子は両手の中に、任せられた中村の片手を握りしめながら、彼の膝に寄りかかっていった。
「でも……万一のことがあったら、あなた助けて下さるわね。」
「ああ、安心しておいでよ。」
片手をそっと背中にかけられて、憐れむような笑顔で覗き込まれると、澄子はほっと溜息をついて、その溜息と一緒に、頭の中のもやもやを吐き出してしまった。そしてその晩、安らかに眠ることが出来た。
けれども、その翌日から澄子は、今井に対していくら平気でいようとしても、それがなかなか出来なかった。今井は辰代から云われた言葉を気にも止めていないらしく、今迄通り落付いていて、ただ辰代と中村とに対しては、一言の挨拶もせず見向きもしなかったが、澄子と顔を合せると、丁寧にお辞儀をするのだった。