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へんじんでん
変人伝
佐々木 邦
「日の出」新潮社、1934(昭和9)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,178 字 · 21 页
俺は人間の顔を見るのが嫌いだ。今度の婆やの顔も、まだ本当に見たことがない」
「はゝあ」
「お前が来てから、何うも習慣が狂って困る。朝は俺が起きて戸を開ける。戸が開いている限りは今日も俺が生きていると思って入って来いと言ってあるんだ」
「はゝあ」
「夜分はお前も外出しちゃいけない。門が開いていると思うと気になって落ちつかない」
「はあ」
「家にいても話をしたんじゃ何にもならない。晩の弁当を喰べて各自部屋へ引っ込んだら、もうその日一日の縁が切れたと思ってくれ」
「承知しました」
「咳や嚔はしない方が宜い」
「はあ」
改良どころでない。夜分の外出を禁止された上に、無言の行を申渡されてしまった。叔父は実際口をきかない。成程、考えて見ると、無言の裡に万事用が足りる仕掛けになっている。婆やは弁当の支度をして、
「お食事でございます」
と茶の間から襖越しに呼ぶ、叔父と僕が入って行く時はもう女中部屋へ引っ込んでいる。朝晩そうだ。日曜も昼はその通りだけれど、僕は書き入れにして外出する。晩の弁当が済むと間もなく、婆やは、
「お休みなさいまし」
と襖越しに挨拶して、帰って行ってしまう。
訪ねて来るのは島崎さんと菊池さんと竹内さんだけだった。