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よるのわかば
夜の若葉
宮本 百合子
「婦人朝日」1940(昭和15)年7月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,072 字 · 24 页
「桃ちゃん、これ読むといい」
そういってイリーンというひとの書いた書物の歴史とか時計の歴史とかいう本を貸すのも順助であったし、英文科にいる桃子の学校でつかう本をみて、
「やっぱり先生ってものは自分が習ったような本をよますもんだな。特別な学者でなければ、語学の力で昔へばかりさかのぼらないだっていいんだろう。言葉なんて生きてるもんだもの」
と、外国雑誌をくれたりした。
母親の多代子が、おだやかな信頼の眼差しで、そんなことを喋ったり時には頻りと論判する二人を眺めているような空気が一貫しているのであったが、年々に色どりも多くなって来た桃子のひそかな独居の感情の裡では、ふっと駭きのような歓びのような迸りを感じることがある。桃子はいつとなしに、順助が、兄たちともほかの男の誰彼ともまるでちがった一種の心持を自分におこさせることを心付くようになった。
その感じはちょうど交響楽が非常によく調子を合わせて奏せられてゆくのを聴いているとき、心はだんだんうちひらいて、音と溶け合い、高く低く、音から音へと広々と展開しまたひきしまってゆく、その快さに似ていた。順助には眼にも、声にも、ちょっとした物ごしの中にも、桃子の感覚に心持よくひっかかって来るものがあって、それは順助といるときの桃子に何ともいえず安心な、活溌な、同時に快活な生きるよろこび