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よるのくつ

夜の靴

横光 利一

――木人夜穿靴去、石女暁冠帽帰(指月禅師)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,056 字 · 213 页

青空文庫

味噌と大根との本来の味が、互いに不純物を排除しあい、そのどちらでもない純粋な化合物となって、半透明な琅色に、およそ味という味のうち、最も高度な結晶を示している天来の妙味、絶妙ともいうべきその一片を口にしたとき、塩辛さの極点滲じむがごとき甘さとなっているその香味は、古代密祖に接しているような快感を感じたが、誰か人間も人漬けの結果、このような見事な化合物となっている人物はないものかと、私はしばらく考えにふけった。大根だってこれだけの味を出せるものなら、人は容易に死にきれたものではない。それとも、そんな人間を味い得る人間がいないのかもしれぬ。

「兵衛門のことを人はみな悪口ばかりいうが、あの人だって、組合長になりたくないというのを、皆が引っ張り出して、ならせたのだからのう。」

と、清江は私の妻に、自分の実家をこっそり弁明した。

「いやだいやだ云うのに、無理矢理にならせての、――お上のいう通りにしたのが悪いのなら、どうしようもないだろうに。」

私はこの兵衛門を一度だけ見たことがある。四十過ぎの、愁いのあるひき緊った美男で、格子の外からちらりと眼に映ったばかりの感じでは、運の悪そうな人である。