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よるのくつ

夜の靴

横光 利一

――木人夜穿靴去、石女暁冠帽帰(指月禅師)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,056 字 · 213 页

青空文庫

」と私たちは笑い合った。

「しっかりしましょうよ。元気を出して下さいね。」

「いや、もうおれは諦めた。」

「でも、もう一度若くなるのは、あたしいやだわ。あんなこと、もうこれで沢山沢山。」

栃の実の降っている谷間を見降ろしながら、坂はだだ下りの笑いで一気に終りになってしまった。

十月――日

晴れたかと思うとこの日も驟雨だ。遠山に包まれた平野の架の棒に刺さった稲束が、捧げつつをした数十万の勢揃いで、見渡すかぎり溢れた大軍のその中に降り込む驟雨。くっきり完璧の半円を描いた虹に収穫を飾られた大空の美しさ。本家の参右衛門の家では、夕暮から餅搗きをやり出した。例の鳥の巣の祝いである。大力の天作が搗くのでたちまち一臼が出来上り、私たちも鳥の巣餅を食べる。さみしい希望――

十月――日

山頂に一本高く見える楢の木に、日ごとに多く日本海の方から鶸の群が渡って来て止る。谷間の樹の根に溜り込んだ栗の実。一雨ごとに落ちた胡桃が籠に積ったまま触れるもののない板の間で、魚の匂いを嗅ぎ廻っている黒猫。花序を白ませた紫苑の丈が垣根に添い崩れて来る。

別家、久左衛門の家の末娘のせつに縁談が起った。