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よるのくつ

夜の靴

横光 利一

――木人夜穿靴去、石女暁冠帽帰(指月禅師)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,056 字 · 213 页

青空文庫

を奪うようにしていたのかも分らない。

「あなたと話してると、どういうもんか面白うて面白うて――」

と、そんなにふと久左衛門は呟いたこともある。米のこともいまだ私の方から依頼したことのないのも、一つはあまり毎日二人で話しすぎた結果であろう。私は彼に会うと、何の意もなく自然に話は私の見て来た他県のあれこれに関することになるのだが、私はもうこれで、いつの間にか、全国で行かない県はないまでになっている。自然にその地方の食物ならおよそどこのも見逃さずに食べて来てみた。話につれてその地の景色も眼に泛ぶが、ここの鞍乗りからの平野や海の眺め、米の美味さ、鯛と小鰈の味の好さは、ここならではと思われるものがあっていつも話はそこで停り、久左衛門の自信を強める結果になっているのだ。

「東京へは日露戦争のとき、出征するので一度通ったきりだ。」

とこういう久左衛門には、私のする東京の話も興味をひくのも尤もなことにちがいない。中でも東条英機という人の話は、私と町会が同じだと知ってからは、ひどくこの老人の興味をそそった風である。

「あの人は家を建てたとかで、一時はここでも悪ういわれたもんだがのう。