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よるのくつ
夜の靴
横光 利一
――木人夜穿靴去、石女暁冠帽帰(指月禅師)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,056 字 · 213 页
海の色の乗り越えて来るような迅さで、鰈や烏賊、えい、ほっけを入れた笊籠はどこの家の板の間にも転がり、白菜の見事な葉脈の高く積っているあたりから、刈上げ餅を搗く杵音がぼたん、ぼたん、と聞える。白む大根の冴えた山肌、濡れた樹の幹――
由良の老婆の利枝は稲刈に出払っている久左衛門の家の食事万端を一人でしており、
「もう由良へ帰らずに、うちの嫁になってくれんかの。」と調法がられている。
久左衛門家のせつは婿の田舎へ母につれられて二泊して帰って来ても、また婿も一緒である。二人は結婚式も済まさぬのに寝室を一つにしているらしい。のんきな皆の中で、これには利枝だけがいらいらして、参右衛門の炉端へ逃げて来てはこう歎息する。
「おれらの嫁のときは、羞しくて婿と口もきけなかったのに、あの子は何という子だろうのう。ぺちゃくちゃ婿と喋ったり、今ごろから二人で一緒に散歩したり、部屋も閉め切って、一日二人が中から出て来やしない。式もあげずに何をしてるものだかのう。」
戦死した自分の子の幻影が泛ぶのであろうか。老婆は一晩愚痴をこぼしづめだ。そのため参右衛門の妻女はいつまでも眠れないで弱りきり、今度は私の妻に睡眠の不足を訴えるが、新婚の夢の描く波紋はどうやら私の胸まで来てやっと止ったようである。