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よるのくつ

夜の靴

横光 利一

――木人夜穿靴去、石女暁冠帽帰(指月禅師)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,056 字 · 213 页

青空文庫

私はこの花が好きだ。眼はいつもここで停ると心は休まる。敗戦の憂きめをじっと、このか細い花茎だけが支えてくれているようだ。私にとって、今はその他の何ものでもないただ一本の白い花。それもその茎のうす青い、今にも消え入りそうな長細い部分がだ。――風はもう秋風だ。

八月――日

小牛が病気になって草を喰べないので、この家のものは心配でたまらぬらしい。黒豆を薬湯で煮て飲まそうとしているが、今日は山羊も凋れて悲しげである。めい、もう、と互いに鳴き合い、一方が庭へ出されると残った方が暴れ出したほどの仲良さだったのも、孰方もしょんぼりとしている。しかし、山羊と小牛だけではない。見るもの一切がしょんぼりとしているようだ。汽車通学をしている私の次男の中学一年生が帰って来て、

「校長さんがみなを集めて今日ね、君たちは可哀そうで可哀そうでたまらない、と云ったよ。涙をぽろぽろ流していたよ。」という。

「汽車の中はどうだった?」

「どこでも喧嘩ばかりしていたよ。大人って喧嘩するもんだね。どうしてだろう。」

私が山中の峠を歩いていたときも、自転車を草の中に伏せた男が、ひとり弁当を食べながら、一兵まで、一兵まで……とそんなことを云っていたが、傍を通る私に咬みつきそうな眼を向けた。