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よるのくつ

夜の靴

横光 利一

――木人夜穿靴去、石女暁冠帽帰(指月禅師)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,056 字 · 213 页

青空文庫

米も無くなれば一升や二升はただでやるという。この農婦のことを宗左衛門のあばというが、金を出すから米を売って貰いたいと妻が頼むと、手を横に振り振り、

「金は要らん要らん。米はやるやる。」

と、あばは云う。話のあまり良すぎることは、こちらもそれに乗るわけにもいかないだけ、この福運はこれで断ち消えになったも同様である。

「困ったわね。ああ云われちゃ、お米も買えないわ。」と妻は歎いた。

しかし、人の懐勘定をするように先ずあそこには米があるのだと、ちらりと覗いたことになって、ますます私は自分の文筆の力を妻に誇って笑った。

「でも、履歴書ならあたしだって書けるわ。」と妻は無念そうだ。

「しかし、何んだかあの男は字が書けそうな人だと、僕のことを睨んだのだよ。あのあばは。睨ませたのはこの僕だ。これで小説を書くなんてことを知られちゃ、もう米も貰えないがね。」

「そうしたら、どうすればいいでしょう。お金も銀行から、いつ来るか分らないし、着物だって無くなって来たし、あたし困ったわ。」

「金が無くなれば川端に電報を打ってやる。まだあるだろう。」

妻はほッとしたようだ。

この村に困ったことが起っている。