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よるのくつ

夜の靴

横光 利一

――木人夜穿靴去、石女暁冠帽帰(指月禅師)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,056 字 · 213 页

青空文庫

今どきにしてはまことに珍らしい村だ。

暴風が鎮って来ると、真っ先に活動し始めたのは蝉だ。それがまだ羽根の具合が悪いのかぴたりと停ると、別のがずっと高い旋律で鳴き出した。そのうち、あちこちからまた蝉の声が満ちて来て、すっかり風雨もやんだ。池は濁っていて鯉が水面に浮いている。しかし、それもしばらくだ。午後からの暴風は、東京地方から富山県下を廻り、日本海に添ってこの庄内地方へも廻って来たと、ラヂオは報じている。

屋根の煙抜きの吹き飛ぶ家。電線がふっ切れ、立木が根から抜け倒れる。乱舞する木の葉、枝ごとち切れ飛ぶ青柿。真垣は捻じ倒され、ごうごうと鳴りつづける森林。実をつけた桐が倒れる。池の水面は青落葉でいっぱいになって、鯉も見えない。

いよいよ今年は不作だ。この決定的な暴風の中でまた米の問題が色濃くなる。朝から米を借り歩いている農夫らが、私のいる参右衛門の炉端へ、木の葉のように落ち溜って来る。雨戸を閉じきったうす暗い部屋の中で、また毎日のようにいつもの不平をぶつぶつと呟きつづける。どこそこは米が有るのに、無いような顔をして借り歩いているとか、いや、あそこは事実ないと弁解してやるもの。