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よるのくつ

夜の靴

横光 利一

――木人夜穿靴去、石女暁冠帽帰(指月禅師)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,056 字 · 213 页

青空文庫

稲刈りが始まったので、村の農家から狙われていた別家久左衛門の米倉も、ようやく視線を解かれた形だが、ほっとする暇もなく、今度は野菜専門に作っていた遠方の村の親戚から狙われ出した。暴風で野菜がことごとくぎ落された親戚たちは、米と交換する材料が無くなって来たのである。それに、復員で若ものの帰って来た漁村の利枝(久左衛門の義姉)の家が、米不足を来している。彼女にとっては妹の、この久左衛門の米倉を見詰めない筈はない。おまけに、私もここの米倉には一方ならぬ魅力を感じているのだ。私の攻め道具は衣類だが、利枝の家は魚でだ。またこの村一番の大地主の弥兵衛の家が、金はいくらでも出すから米をくれ、と久左衛門に云って来ている。

「はははは、おれんちに、物があるのは、金が欲しゅうないからじゃ。」

と、久左衛門は頭の良いことを云って私を笑わせた。頭の使い方を知っている老人だ。

九月――日

焼け出されて新潟の水原在の実家に疎開していた石塚友二君から葉書が来る。発信地は福島の郡山からだが、川端康成から鎌倉文庫へ入社の奨めをうけ、目前明らむ思いで今汽車に乗っているところとある。胸に灯火をかかげ、鎌倉へ向って進行していく夜汽車が眼に泛ぶ。