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やこうちゅう

夜光虫

織田 作之助

「大阪日日新聞」1947(昭和22)年5月24日~8月9日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 66,871 字 · 134 页

青空文庫

珈琲とサンドイッチが運ばれて来ると、豹吉は一寸口をつけただけで、いきなり起ち上った。

「みんな、ここで待っていてくれ、おれ一寸行って来る」

「どこへ……?」

行くのかと、お加代がきいた。が、咄嗟に答えられなかった。さすがにお加代の手前、雪子を救いに行くとは言えなかったのだ。

豹吉はまるでそのあたりの闇市へ煙草を買いに行くような顔で、扉を押すと、暗がりの中へ出て行った。

雪子が連れられて行った道順から考えて、豹吉は雪子が留置されているのは、S署にちがいないと思っていた。

S署――差し障りがあってはいけないから、わざと頭文字だけにして置くが――S署は大阪の表玄関にある警察署である。いわば大阪の代表的な警察署だ。

その警察署へ、単身乗り込んで行って、雪子を救い出す――という計画、いや思いつきは、むろん向う見ずであった。二十歳の単純な頭が思いついたにしても、呆れるくらい乱暴である。

もっとも、さすがの豹吉も単身では無理だということは判っていた。

せめて、青蛇団の一党を率いて行った方が……ということも考えた。

しかし、お加代の手前があった。昼間雪子に惚れているのだと、はっきりとお加代の前で言った――その手前、雪子を救い出すから、力を藉してくれとは、言い出し兼ねたのだ。