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やこうちゅう

夜光虫

織田 作之助

「大阪日日新聞」1947(昭和22)年5月24日~8月9日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 66,871 字 · 134 页

青空文庫

「へえ……? 伊部君が……」

高利貸に借金するとは、意外だった。

伊部は二十五歳で医学博士になったくらいの秀才で、酒も煙草も飲まぬ、いわゆる品行方正の男だったし、勤務先の阪大病院でもまず相当な給料を貰っていたから、高利貸に金を借りるような生活はまるで想像も出来なかった。

ところが――。

「……敗戦になってから、急に酒を飲みだしたんです」

おまけに煙草は日に八十本、病院もやめてしまい、毎日ぶらぶらして、水すましのように空虚な無為徒食の生活をはじめた――と道子はスカートの端をひっぱりながら言った。

「どうしてまた……?」

そんな風になったのかと、小沢はびっくりして、口も利けなかった。

「それが……」

と、道子はふとうなだれて、

「――あたしにも判らないんです」

「ふーん」

小沢にも無論判らなかった。

「――病院もやめてしまったんですか」

「病院から、来てくれ来てくれって、喧しく言って来るんですけど、どうしても……。戦争が終ってから、何んとなく行く気がしないと云うんです。すっかり人間が変ってしまいましたわ」

あとの方は、声がうるんだ。

「ふーん」

と唸るより仕方がなかった。