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やこうちゅう
夜光虫
織田 作之助
「大阪日日新聞」1947(昭和22)年5月24日~8月9日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 66,871 字 · 134 页
「…………」
次郎は棒のように突っ立っていたが、やがてきっと眼を輝かせると、
「三郎公、おれ掏摸になるッ!」
と呶鳴るように言った。
「えッ……?」
「正直に靴みがきして、母ちゃんを養うてても、悪い奴にみな金を盗まれてしまうやないか。こんな損なことがあるもんか。正直に働いたら、阿呆な眼を見るだけや。よしッ! もうこうなったらやけくそや。掏摸になる」
次郎はそう言って、きっと前方を睨みつけた時、一人の著流しの男が通り掛った。鴈治郎横丁を出て来たガマンの針助だった。
「よしっ! あの男を掏ったるッ!」
次郎はそれと知らずにガマンの針助の袂へじっと眼をつけた。
ガマンの針助の袂は、中へ入れたものの重みで、だらんと下へ垂れていた。
「あの中に財布がはいっとるのや」
次郎は子供ながらそう睨んで、
「――おい三郎公、ついて来い」
と、声をひそめて云いながら、針助のあとをつけて行った。
三郎は、
「うん」
という声も出ず、唇が真青になるくらい緊張して、ブルブルふるえる足で、次郎のうしろからついて行った。
針助はゆっくりした足取りで、戎橋通を北へ真っ直ぐ、電車道へ出ると、地下鉄の入口の灯が夜光虫のように夜のとばりの中で、ひそかに光っている上本町六丁目行きの停留所の方へ、折れて行った。