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おおいがわおくやまのはなし

大井川奥山の話

木暮 理太郎

「新家庭」1920(大正9)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,724 字 · 20 页

青空文庫

ず、空しく霧の中を一時間余りもうろつき廻った。声をかけると二人ともそう遠く離れてはいないらしいので安心する。一ト所、山の斜面の土を平に掻き均し、其上に草や小枝を敷いた三、四尺の段が幾つかあった。それが段も新しく敷物も青々と新しいものもあれば、段も敷物も共に古いものも交っている。試に数えて見ると二十以上もある。始は人が作ったものかと思ったが、それにしてはこの高い山上で何の為にしたものか見当がつかない。後で雄吉に聞くと、「ナニ鹿の寝床でさ」という。成程そういわれて見れば最前から小鳥とも獣とも判断されない鳴声が四方から聞えていた。ピュー、ピュー、ピューンと細いが能く透る、それは鹿の鳴声であったのだ。私達には何処にいるか深い霧で少しも分らないが、向うでは怪しい彷徨者の姿を見付けて、頻に咎めていたのであろう。

霧の晴れた場合を慮って、それに少し不気味でもあったので、木に登って待っていると、遠く近く、彼方からも此方からも、ピューンピューンと澄んだ細い声が地の底から湧くように聞えてくる。兎角している中に一度霧がサッと破れて、右手に国境の大尾根が現れる。誰へともなく大声で「オーイ」