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だいぼさつとうげ
大菩薩峠
中里 介山
23 他生の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,722 字 · 286 页
酒乱のない限り、神尾は扱い易い男になっているが、この時はそうでない。飲まないで、そうして、酒乱の時と同じような眼のかがやきを現わして、ブルブルとふるえ、
「お絹!」
「え……」
「お前、今晩、千隆寺へ行くのを止せ」
「え、何ですか、千隆寺へ行くのは止せとおっしゃるのですか。止せとおっしゃるなら止しもしましょうが、わたしが好んで行きたがるわけじゃないはずです、どなたか、おたのみになったから、柄になくわたしがお芝居を打とうというんじゃありませんか」
お絹も少しばかり気色ばみました。そのくせ、お化粧の手は少しも休めない。
「いや、止してもらいたい、止めにしてもらいたい」
神尾はいよいよあせり気味で口早にいいますと、お絹は落着いたもので、
「駄々っ児のようなことをおっしゃったって仕方がありません、止すなら止すように初めから……」
この時、神尾主膳は物につかれたように立ち上って、
「止せ!」
お絹の向っていた鏡台に手をかけると、無惨にそれをひっくり返してしまったから、
「あらあら」
これにはお絹も怫としました。
けれどもこの時のは、酒に性根を奪われておりませんでしたから、いわば一時の癇癪です。