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だいぼさつとうげ

大菩薩峠

中里 介山

23 他生の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,722 字 · 286 页

青空文庫

「お帰りに、わたくしのところへ泊っていらっしゃいな」

これには急に挨拶ができませんでした。しかし、そこで駒井は、ああ気の毒なと感ずることができました。

この娘は、その風姿の示す通り、しかるべき家のお嬢様として、恥かしからぬ女性ではあるが、何かにとらわれて気が狂っているのだ。そこで、

「どうも有難う……」

駒井は愛嬌を以て答えると、娘はうれしそうに踏みとどまって、

「ほんとうに来て頂戴……待っていますから」

「行きます」

駒井はお世辞のつもりでいいました。

「きっと」

「…………」

深くは相手にならないがよいと駒井が思いました。常識を逸しているものを苟くも信ぜしめるのは、それを弄ぶと同じほどの罪であるように思われたからです。そこで駒井は自分から歩みを進めて、またも登りにかかりました。

登る途は、くの字なりになっていますから、次の曲りかどへ来ると、どうしても、以前の曲りかどを見ないわけにはゆきません。

以前の娘は、まだそこに立って、駒井の後ろ姿をながめているのと、ピタリと眼が合いました。

「きっと、いらっしゃい」

「行きますから、早くお家へ帰っておいでなさい」

駒井は早くこの娘を家へ帰してやりたいものだと思いました。