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だいぼさつとうげ

大菩薩峠

中里 介山

23 他生の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,722 字 · 286 页

青空文庫

このごろになって、はじめて夢を見ることの快楽が、少しずつ身にしみて来たようです。

四境閑にして呼吸の蜜よりも甘い時、恍惚として夢路に迷い入るの快味を味わうものにとっては、この世の歓楽などは物の数ではないとのこと。

またいう、夢の三昧に入る人は、必ずしも眠ってのみ夢を見るのではない、身を横にして眼をとざせば、雲煙がおのずからにして直前に飛び、神仙が脱化して人間界に下りて来るとのこと。

今、竜之助は、夢みることに新しい生活を見出し得たかのように夢みていると、お雪が、竜之助の枕もとへ、本を二三冊たずさえてやって来て、

「先生、お退屈でしょう、本を読んでお聞かせしましょうか」

「どうぞ」

と竜之助が夢を現実に振向けると、お雪が、

「王昭君物語という本ですよ。王昭君、御存じでしょう、支那の美人……」

と言って、その本を竜之助の前、行燈の下でくりひろげました。

お雪は本を読むことが、なかなか達者です。これは支那の物語を、だれか日本文に作り直した物語です。けれどもお雪は、その中に挟まれている漢文や、漢詩まで、苦もなく読みくだくので、竜之助がおどろいているくらいです。お雪になかなかの読書力があって、読み方が流暢なものですから、竜之助も引入れられて、こころよい心持で聞いていました。