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だいぼさつとうげ

大菩薩峠

中里 介山

30 畜生谷の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 74,962 字 · 145 页

青空文庫

この、後ろから飛ぶが如くに現われた一つというのは、女興行師の親方お角さんを乗せた一梃の駕籠でありました。

ああして、中ッ腹で鳥居前を出かけたのだが、名古屋まで行くのに、駕籠をそんなに飛ばせなくてもいいはずだが、自分の気が焦るのではない、駕籠かきそのものが、この空気に怯えて、そうして、おのずから早駕籠になってしまうのでしょう。

駕籠の中で女長兵衛をきめこんでいるお角さんは、やっぱり事の体を見すましては片腹痛くしつつあるに相違ない。

喧嘩だ、戦争だ、異国人だ、仏壇を背負い出せということの元のおこりを、一切知り抜いているお角さんには、そのうわっ調子の、薄っぺらの、物影におびえる奴等の胆っ玉のほどが、お気の毒でたまらないのも無理はありません。

本来ならば、皆さん、そんなに喫驚なさるがものはありませんよ、喧嘩ですよ、喧嘩は喧嘩ですけれど、お相撲さんの喧嘩ですから、少し荒っぽいことは荒っぽいもんでしたが、もう済んでしまったんですよ、驚いちゃいけません、ねえ皆さん――とでも言って、大いになだめにかかるべきところなのですが、前に言ったような虫の居所で、今日は特別に――皆さん、大変ですよ、全く……早くお逃げなさいな、神棚でも、仏壇でも背負えるだけ背負って、猫を踏みつぶさないようにして、早くお逃げなさいよ、異国の船が、たった今