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だいぼさつとうげ

大菩薩峠

中里 介山

30 畜生谷の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 74,962 字 · 145 页

青空文庫

「何ですって、おじいさん――もし人間の生きて行く道が、つまらない気兼ね苦労ばかりいっぱいで、畜生の道が素直で、安心ならば、わたしはいっそ……」

「何をおっしゃります、お嬢さん、それが、あなた方のお若いところです……あの白山へ登るよりは、この白水谷を下る方がずっと楽には楽なんですがね」

と言って老人は立ち上り、砂上に置き据えた鎧櫃に手をかけた時、お雪が急に、そわそわとして、

「おじいさん――まあ待って下さい、急に気がかりなことがありますから、その鎧櫃の中を、ちょっとでいいからわたしに見せて下さいな、今になって気がつくなんて、ほんとに、わたしはどうかしています」

六

お安い御用と言わぬばかりに、弥兵衛老人が鎧櫃の蓋を取って見せると、井戸の底をでも深くのぞき込むように、お雪は傍へ寄って、

「わたしが頼んでおきましたのに、今まで忘れていました、さぞ、御窮屈なことでしたろうにねえ」

鎧櫃の中には、人の姿がありありと見えているのであります。

「先生、ずいぶん御窮屈でございましたでしょうねえ」

人の姿は見えているけれども、返事はありません。

「先生」

やはり手ごたえはない。