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だいぼさつとうげ
大菩薩峠
中里 介山
30 畜生谷の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 74,962 字 · 145 页
「はい、実はその、これより国境を越えて信濃分になりまする白骨谷というところで、水死を遂げました」
「白骨で……」
「はい」
「一概に水死というが、あやまって水に落ちて死んだのか、得心で水に投じて死んだのか」
「それが、いずれともわかりませぬ」
「ははあ……」
今や局面の定まるところに一石を下ろした貴公子は、上の空で用人に向い、
「いずれにしても苦しうはない、今晩でもよろしい、明日でもかまわぬ、その死体をこの家へ運ぶがよい、遠慮なく。次第によってはわしが施主となって、その淫楽の女主人とやらのともらいをしてやってもよい」
「恐れ入りました」
二十一
用人としては、もはや、それ以上には押すことができません。
ぜひなく、この事を、主人たる代官に向って申し上げ、その復命を待って事を決するよりほかはないと思いました。
夜更くるまで、兵馬を相手に碁を囲んでいた貴公子は、やがて、極めて機嫌よく寝室に入りました。兵馬のためにも、すでに、この家に泊るべく、代官の方から用意が充分にしてあったのです。
しかし、その晩のうちに、淫楽の後家さんの非業の死体というのが、この家へ乗込んで来た形跡はありませんでした。