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だいぼさつとうげ

大菩薩峠

中里 介山

37 恐山の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 254,021 字 · 495 页

青空文庫

しかし、双方ともに熟しきっていると見えて、いよいよ静かな応対のみであります。「お帰りになりましたか」「は――」これだけの問答で、あとはまた、全く静かな深夜の空気を少しも動かすではありません。

しばらくすると、その隣室でカチリと物音がしました。刀の音です、刀の鞘の音なのです、刀の鞘がちょっと物に触れて鳴る音なのでした。

つまり、宵の口に出て、今時分になってこっそりとたち帰り、四方の空気を驚かすまいために、出入り、立居ともに極めて静粛であったのですから、そのささやかな刀の鞘のカチリという音だけが鮮かに聞えたのですから、これは刀を腰から外して、そうして刀架へでもちょっと移す途端のさわりであったらしい。

それからまた静かになると、お銀様の方もまたいよいよ静かなもので、机に向ったまま動こうともしなければ、二の句をつごうともしないのです。

しかし、いつのまにか、鳴きつれて来た犬の遠吠えの次第送りは止んでいました。

お銀様の部屋には、こうして時代のついた丸行燈が明々とともっている。桐の火桶の火もさびしからぬほどに生かされているのに、隣の室には明りがない。

こうしているお銀様は、申すまでもなく覆面をとっていないのです。