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だいぼさつとうげ
大菩薩峠
中里 介山
37 恐山の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 254,021 字 · 495 页
熟視すると、それは殺ぎ落された人間の小指一本であります――
ややあって、お銀様は火箸を取って、その小指をつまみ上げて、懐紙の上に載せて見ました。
言うまでもなく、今のあのならず者が落して行ったかたみである。その名残りとして、そこから点々と血の滴りが糸をなして、自分の座敷を横断している。
お銀様は小指を包んで、一方にさし置き、それから、雑巾を提げて来て、畳の上の血の滴りを静かに拭いはじめました。
その間、向うの座敷でも何とも言わず、お銀様もまたその仔細をたずねようともしなかったのですが、あの白々しい取引があれまで進んで、いざ、現なまを渡そう、受取りましょう、というところになって、不意にこんな現象が出来してしまった。
お銀様としても、いまさら指一本ぐらいのことで、仰々しく騒ぐのも大人げないと信じたのでしょう。また、たとえあんな奴にしてからが、ここで真向梨割りにでも成敗された日には、あとの始末が大変である――小指一本だけなるが故に、あの盗人めも自分で自分の身体を始末して行ってしまったし、あとの掃除も人手を借らずに、こうしてあっさりとやって行ける。それを寧ろ勿怪の幸いとして、畳の上から次の部屋に至るまで、血の滴りを拭うことの労を厭いませんでした。