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だいぼさつとうげ
大菩薩峠
中里 介山
37 恐山の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 254,021 字 · 495 页
と言いました。
兵馬はそれを心外なりとしました。果して自分がこの女の言う通りに、うわごとを言ったか、言わないか、それは水かけ論だけれども、眠りに落ちていた醜態を、相当の時間、この女に笑われていたことは事実だ。女の態度を見ると、もうかなり以前に目がさめて、悠々煙草を吹かしながら、じっと揶揄い気味で、自分の舟を漕ぐ様子を見入っていたのだ。
「君は、いつ目が醒めたのだ」
「わたし、お手水に行きたくなって、それで目がさめちまったの――そうすると、あなたはいい心持で舟を漕いでいらっしゃる」
「うむ、そうだったか」
「ですけれども、あなた、お手水場が、外のあんな遠いところにあるでしょう」
「うむ」
「わたし、一人で行けやしないわ」
「うむ」
「ですからね……あなたに連れて行っていただきたいと思いましたわ」
「うむ……」
「うむうむ、おっしゃったって駄目よ、失礼しちゃうけれども、あなたに連れて行っていただかなけりゃ、あんな遠いはばかりまで行けやしませんもの。でも、あんまりあなたがいい心持で舟を漕いでいらっしゃるから、起して上げるのが気の毒になってしまって……」
「うむ」
「あなたを起して上げるのはお気の毒だけれども、わたし一人じゃ、この夜中に、戸の外へ一寸だって出られやしません」