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だいぼさつとうげ

大菩薩峠

中里 介山

38 農奴の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,484 字 · 60 页

青空文庫

貰い下げを歎願に来ようという者もない。また、多数の威力でデモを以て奪還を試みようとする勇気もない。

それもまたそのはずです。この晒し者に限って、所番地というものが更にわからない。単に「農奴」としてあるだけで、何の郡の、何村の農奴に属するのだか、その人別が書いてない。書いてないだけではない、事実、いずれの村の農奴だか、この騒ぎの中で誰ひとり見知ったものがないのだから、徒らに面食うのみで、同情を表したくも表するきっかけがない。

そこがまた、役向の見つけどころかも知れません。

さて、その日の夕方になると、縛られている米友の前へ、二人のひにんがやって来て、無遠慮に穴を掘り出しました。三尺立方の真四角な穴を掘りにかかりました。

「おい、兄い、よく見て置きな、明日になると、お前のその笠の台と、胴体とが、上と下への生き別れだよ――首が落っこっても痛くねえように、土をやわらかに掘りふくらめといてやるぜ」

と、ひにんが小声で戯れに晒し者に言いかけました。

それを聞いていい心持がするはずはない。新聞紙上には、議会が自らの墓穴を掘る、というようなことがよく出ているけれど、文字として無雑作に扱う分には何でもないが、墓穴というものを目の前で掘られる心持は決していい心持のするものではあるまい。