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だいぼさつとうげ

大菩薩峠

中里 介山

41 椰子林の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 178,374 字 · 345 页

青空文庫

でも、外からさした魔は、それっきりで、あとは音沙汰がありません。周囲を見廻す。秋草の中に何者かがおりそうな気持は変らないが、そうかといって、外からねらわれる心配さえ解ければ、内からさして来る魔の手は、いくらでも取消しの道はつくというものです。なんにしても、今晩はめちゃめちゃ、いやいや、昨晩もあの時間からめちゃめちゃでした。花尻の森から人魂が飛んだというあの噂を聞いて、それからいい心持はしなかった、あれを、知らず識らず今晩まで持越したもの、こんな晩には早寝に限ると気がついたが、いま寝についても早寝にはならぬ。とにかく、さんざんの体で、この場の校合はあきらめ、あとの補修は明日のこと――

そう思って、書斎の次の間は寝間、そこにしつらえてある夜のものに埋もれて、今日の厄落しを終ろうと、すらりと立って、片手には丸形の行燈を携え、秋草の襖へ手をかけると、なんとなく心が戦く、その気持を取直して、これもスラリと襖をひらき、誰に憚ることもない己が独自の世界の中に、一足踏み入れると……

「おや」

と言って、その取落そうとした行燈を投げ込むようにつきつけると、侵入すべからざるところに侵入者があって、自分の寝間の中に、しかも、こちらが宵の間にほどよく敷いて置いた夜具の中に、誰かが寝ている。