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だいぼさつとうげ
大菩薩峠
中里 介山
34 白雲の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,838 字 · 204 页
声を立てて叫ぼうか、それとも、この垣を越えて逃げようか――そのいずれも進退きわまっている。ただ、為し得ることは、ここにいて事のなりゆきの一切を見つめていることだけだ。
お松は絶体絶命の立場から、また一種の勇気が湧いて来ないでもありません。委細を見て見ぬことにしていれば、咄嗟の急にまた何かの手段が取れないでもなかろう。ここは、ただ落着いて息を殺していることだ――夜が明けるまでも、ここを動かないことだ。
それだけで月はいよいよ照り、庭の夜の色はいとど更け行き、何も知らないものから見れば、いつもと変ることのない静かな夜が、おだやかに深くなり行くばかりであります。
かなり長い時間の後、この庭にシューッと、鼠花火の走るような音がしました。一つの物影が地面を這い且つ走るもののように、庭の上に線を引いたかと思うと、それからが一大事でした。
その直ぐあとから、同じく鼠花火のように筋を引いて追いかけた幾つかのもの、それがお寺の縁の下あたりから出たと思うと、それからというものは、眼前に、月明りの夜に見えていたお松にとっても、全く何が何だかわからないのです。大きな独楽がグングン唸りを立てて夜中を飛び廻っている。