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だいぼさつとうげ

大菩薩峠

中里 介山

34 白雲の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,838 字 · 204 页

青空文庫

「あいつ、また異人館か」

それもその通り、このごろのお絹は、異人館へ入りびたりの体である。

神尾としては、今となってはもう、かくべつ気にもしないらしい。いちいち気にしていた日には際限がないとあきらめているようでもあるし、異人館なるが故に寝泊りを黙許しているだけの、情実でもあるかのようにも見られる。

洗面も食事も済むと、神尾は書斎へ立てこもりました。

いつもは、ここで、閑居しての唯一の善事としての書道を試むるのですが、今日は、筆を選ぶことはあと廻しにして、まず、机に両肱をついて、腮を両掌で受けて、じっと庭前をながめこんだのであります。

庭の八ツ手の下を小鳥が歩いているのを、暫くぼんやりと見つめていたが、今度は、腮を受けていた両掌を外して、眼と額をおさえてうつむきました。

「さあ、今日からひとつ、著作にとりかかってやろう」

暫くあって、むっくと頭を上げて、硯を引寄せ、紙を重ねて文鎮を置き、それから硯箱の中から細筆を選んで手に取り上げたのが、いつもとは少し変っています。

いつもならば、こんな細筆を選ぶということはない。細筆をとる時は、何か実用あっての例外の場合のみであって、朝は木軸の大筆に、まずたっぷりと水を含ませることを楽しんでいたのですが、今日は、いきなり細筆を選んで、「ひとつ著作にとりかかる」