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だいぼさつとうげ
大菩薩峠
中里 介山
34 白雲の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,838 字 · 204 页
地の利もいいし、場所柄も結構らしい。第一、床下とはいえ、海気がよく通って、陰深な気分がしないし、床の間が相当高くて、頭がつかえないし、そこへ菰とむしろを敷きこんで、合羽を頭からスッポリと被り、軽い寝息で、すっかり寝込んでいるが、その枕許と、横ッ腹の方に、異形の物体が二つ三つ陳列してある。陳列とはいえ、そこへ投げ出して、ふわりと風呂敷を被せただけですから、中の物体はよくわからないが、形だけは風呂敷を抜いた角々で相当に受取れる。それによって恰好を案ずると、どうやら、古えの武将が着た兜のような形をしています。別に長い箱入りの軸物のようなものが二本――そんなのを枕許と横ッ腹に抱えて、七兵衛はすやすやと昼寝をしているのです。
七兵衛の寝息は、いかなる場合にもほんとうに軽いものです。いかに熟睡の時といえども、いびきというものを聞かせたことはなく、障子一重にいても、寝息そのものを感ぜしめたことはない。身も軽いけれども、天性、息も軽いのです。形そのものさえ見せなければ、他のなんらの気配によっても、自己の存在を、目と鼻の先の人にさえ知られるということのないように――すべてが出来ておりました。