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おおさかのかのうせい
大阪の可能性
織田 作之助
「新生」1947(昭和22)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,468 字 · 15 页
もっとも現在の日本の劇作家の多くは劇団という紋切型にあてはめて書いているのか、神経が荒いのか、書きなぐっているのか、味のある会話は書けない。若い世代でいい科白の書けるのは、最近なくなった森本薫氏ぐらいのもので、菊田一夫氏の書いている科白などは、森本薫氏のそれにくらべると、はるかにエスプリがなく、背後に作者のインテリゼンスが感じられず、たとえば通俗小説ばかり書いている人の文章が純文学の小説の文章とキメの細かさが違う程度に、キメの荒さが目立って、うんざりさせられる。シナリオ・ライターも同様で、日本の映画が見るに堪えぬ最大の原因は彼等の書く科白のまずさである。科白のまずいというのは、結局不勉強、仕事の投げやりに原因するのだろうが、一つには紋切型に頼っても平気だという彼等の鈍重な神経のせいであって、われわれが聴くに堪えぬエスプリのない科白を書いても結構流行劇作家で通り、流行シナリオ・ライターで通っているという日本の劇壇、映画界の低俗さには、言うべき言葉もない。しかし、文壇にしても相当怪しい会話を平気で書いている作家が多く、そのエスプリのなさは筆蹟と同じで、どうにもなおし難いものかも知れない。