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てんぐ
天狗
大坪 砂男
「宝石 七、八月合併号」岩谷書店、1948(昭和23)年8月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,545 字 · 19 页
紫のスカーフを被っていたらしい。これは慥かとは言えない。女の足元にだけ注意していたのだから。無論のこと足はあった。そのうえ赤緒の下駄の歯跡が泥の上に次次と押されて行くのを見届けてしまったのだ。幽霊ではなかった。
幽霊には足が無い、と、かかる邪説は一顧の値打もありはしない。だが、幽霊が地上に足跡をつけて行くこと、これは絶対にあり得ない。それならばマテリアリゼーション(物質化)しなければならないし、マテリアリゼーションなぞと言う現象は精神の確かな者の全く信じないところだ。ロッジだのドイルだの、理性の遊戯にふけった連中までが、たった一つのトリック――幽霊の残して行ったパラフィンの手袋、こんな見え透いた手品で霊の物質化を言い出したりして、とんでもないこと、自分の頭脳を信じる誰にもこんな噴飯はないではないか。
この明確な根拠から、女は幽霊ではなく、喬子は天狗に攫われた瞬間に仮死の状態に陥って、首の骨も折らず窒息もせず、数日後に蘇生して、女の勘とやらいう不合理千万なものを頼りにふわふわと様子ぶって見せるものだろう。それ以外にどんな推理が成り立つか?……
喬子と同じ宿で一夏すごした土地がどこだったか――白樺で炭を焼いていたところ――林には鷽鳥が朝ごとに群れて囀り、狭い谷間を登りつめたあたりに蒸気が噴き出していて、これ