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てんいむほう

天衣無縫

織田 作之助

「文芸」1942(昭和17)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,975 字 · 25 页

青空文庫

つまりは底抜けに気の弱い人、決して私との見合いを軽々しく考えたのでも、またわざと遅刻したのでもないと、ずっとあとになってからだが、そう考えることにした。するといくらか心慰まったが、それにしても随分頼りない人だということには変りはない。全くそれを聞かされた時は、何という頼りない人かとあきれるほど情けなかった。いや、頼りないといえば、そんな事情をきかされるまでもなく、既にその見合いの席上で簡単にわかってしまったことなのだ。遅刻はするし、酔っぱらっては来るし、もうこんな人とは結婚なんかするものかと思ったが、そう思ったことがかえって気が楽になったのか、相手が口を利かぬ前にこちらから物を言う気になり、大学では何を専攻されましたかと訊くと、はあ、線香ですか、好きです。頼りないというより、むしろ滑稽なくらいだった。誰も笑わず、けれど皆びっくりした。私は何故だか気の毒で、暫らく父御さんの顔を見られなかったが、やがて見ると、律義そうなその顔に猛烈な獅子鼻がさびしくのっかっており、そしてまたそれとそっくりの鼻がその人の顔にも野暮ったくくっついているのが、笑いたいほどおかしく分って、私は何ということもなしに憂鬱になり、結婚するものかという気持がますます強くなった。