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てんま

天馬

金 史良

「文芸春秋」1940(昭和15)年6月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,407 字 · 70 页

青空文庫

他の人達は彼と視線がかち会うとびっくりしたようにぐっと口を噤んでそっぽを向いた。玄竜はそのため一層不機嫌になり、もそっと動いて行って、傍の方に据えてある網張り棚の中から豚の足を取り出して来るとむしゃむしゃ噛み始めた。それは朝鮮特有の安直な酒場で、茶碗程もある盃一杯に肴までついて唯の五銭で飲めるのだった。彼はあの好きな明けすけの淫らな冗談さえ一言も云う遑もあらばこそ立て続けに何杯もひっかけた。外の方から暖簾の中へひょこひょこ首を出して、彼の出て来る気配をさぐっていた乞食の子供達も、ついにあきらめていつの間にかどこかへ消え失せてしまった。

彼はこんなに飲み始めると耳鳴りがし足が動けなくなるまでぐでんぐでんに酔わねば収まらない性分である。でも彼が泥酔するまでにはこの薬酒なら六十杯は少くとも必要とせねばならなかった。こうして一杯又一杯と盃を重ねる中に、酔いがけだるく全身に廻って来て、次第に胸をしめつけるような悲しみが襲うて来た。今夜中にはどうしても田中を掴まえねばならないのだ。そうだ、ここからすっかり酔いつぶれて出てもう一度朝鮮ホテルへ押し掛けて行くんだ。