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「ダブックウ」ひょうりゅうき

「太平洋漏水孔」漂流記

小栗 虫太郎

「新青年」博文館、1940(昭和15)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,264 字 · 37 页

青空文庫

「どうしたんですの。この頃は星も見ないんですね」

とハラハラしたような声でナエーアがいう。

「見ても、見なくても同じことだからね。どうせ、どこへ流れつこうが、末は分っているよ」

それから、数日間はくもって、暗黒の夜が続いた。風は絶え、三角帆もだらりと垂れている。海も空気もネットリとなって、湯気のようなガス、ねむったような蜒り。キューネは、もうどうなろうが儘とばかりに、この四、五日は方角もみない。

とある夜、風もないのに急に波だってきた。

「どうしたんでしょう。風もないのに、こんなに荒れてきましたわ」

ナエーアは、帆を下してハチロウの上にかけた。

波は、低く窪みひろがり泡だって、押しよせてくる。しかし、空には突風もない。ただ水面には触れずとおく上空をゆくのか、ごうっという颶風のような音がする。ところが、空が白々となってきた暁がた近いころに、キューネがけたたましい叫び声をあげた。

「ああ、なんというところへ来たんだ。ナエーア、こりゃ大変な渦だよ。ああ、太平洋漏水孔!」

「だから、だから、云わないこっちゃないんですわ」

ナエーアはただハチロウを抱きながら、オロオロ声でいうだけであった。