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うしなわれたはんしん

失われた半身

豊島 与志雄

「ユニヴァーシティー No. 2」1949(昭和24)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,545 字 · 21 页

青空文庫

それは左右両極の政治部面にだけ残存してるものだと思っていたのであるが、焼酎に酔っ払うことのうちにもヒロイズム的実感があった。おれはむかついてきて、コップを一気にあおった。

「先生、もう行きましょう。」

勘定を払って、それから杉山さんを電車に乗せ、おれは他の電車で帰途についた。

途中、電車の乗換場近くで、おれは鮨の折箱を一つ手に下げた。

おれの予感はたいてい当る。果して、木村栄子が来ていた。

「さきほどから、おいでになっていますよ。」

下宿のおばさんにそう言われて、おれはぐっと胎を据えた。

嬉しくて浮きたったからではない。当惑したからでもない。大事なお話があるからあなたのところに行くと、わざわざ前以て断られたその話の内容も、だいたい想像はついている。ただ、いよいよとなって、甚だ不吉な陰が心にさすのである。

栄子は電熱器で湯をわかし、食卓に酒器を並べて、独りで飲んでいた。一升壜がそばにあった。

「お帰んなさい。」

静かな落着いた挨拶で頬笑んでいる。

おれは鮨の折箱を差出した。

「あすこの家のだよ。遅くなってすまなかった。」

「あら、ずいぶん久しぶりだわ。」

彼女は珍らしそうに鮨折を開けた。