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うしなわれたはんしん

失われた半身

豊島 与志雄

「ユニヴァーシティー No. 2」1949(昭和24)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,545 字 · 21 页

青空文庫

「あたし、あすこのお鮨屋にはすっかり御無沙汰しちゃった。」

「どうして?」

それには答えず、おれの方をじっと見た。

「あなたは?」

「僕も行かない。今日久しぶりだ。」

顔見合せて、しぜんに、二人とも頬笑んだ。おれは彼女に甘えたい気持ちになってゆき、それが自分でも楽しかったが、どういうものか、或る冷い障壁が彼女のうちに感ぜられた。それならそれでもよい、とおれは思った。二人の肉体が愛し合ってから、二人ともあの鮨屋にはあまり行かなくなった。そのことに何の意味があるものか。

「もうだいぶ召し上ってるようね。」

「うむ。ウイスキーと、焼酎だ。やはり日本酒がいちばんいい。」

彼女は銚子を取って、器用な手付きで酌をしたが、ふいに、おれの顔をじっと見つめた。

「あなたは、今日はなんだか冷いわね。」

忘れていた。おれは彼女の肩を抱いて、キスしてやった。だが、彼女の方も冷淡のようだ。おれは苛立たしい思いだった。昼間の虚脱感が戻ってくる。そして今、おれには性慾がないのだ。あなたの情熱がうれしい、と囁いて、彼女はしばしば蛇のようにおれの体をしめあげたが、然し、獣ではあるまいし、常住不断に性慾を、いや妥協して、情熱を持ち続けられるものではあるまい。