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うしなわれたはんしん

失われた半身

豊島 与志雄

「ユニヴァーシティー No. 2」1949(昭和24)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,545 字 · 21 页

青空文庫

嘗て洋装をしてたことがない。おかしいのは、おれが出版社の編輯員だということを知って、自叙伝風の小説を書いてみたいから出来たら出版してほしいと言い出したことがある。大変なことになったとおれは驚いたが、それはいつしか沙汰やみとなった。

それ以外におれは何にも知らない。然しそれでよいのだ。おれのことについては、この貧しい八畳の室とだいたいの生活とを、彼女は知っているし、それだけでよいではないか。

「僕はこの通りの男だし、あらためて、打明けることなんかないつもりだが、質問には応じよう。なんでも聞いていいよ。」

まずい言い方だった。おれは自分ながら眉をひそめた。ところが彼女も同じようなことを言った。

「あたしも、この通りの女よ。でも、質問には応じますから、なんでも聞いて下すっていいわ。」

ひどく白々しい空気になってしまった。いけない。いま、彼女を押し倒して、押えつけて、ぶん殴るか、暴行するか……抵抗してくれればいいが……いや、たぶん、なま温い泥沼に一緒に転げこむばかりだろう。

「なんにも聞いて下さらないのね。ほんとの愛情がないんだわ。やっぱり、あたし間違ってた。