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おうしゅうにおけるみたちふじわらし

奥州における御館藤原氏

喜田 貞吉

「民族と歴史 第七巻第六号」1922(大正11)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,211 字 · 34 页

青空文庫

所収の江刺・胆沢の二郡をも押領し、いわゆる六郡を管領してさらに衣川の外に出で、磐井郡にまでその押領の手を伸ばそうとするに及んで、ついにいわゆる前九年の役のやむ能わざるに至った次第であった。当時いわゆる六郡以北の地方、すなわち今の二戸・九戸の諸郡から、北、津軽の地方へかけては、いわゆる奥地として安倍氏にも属せず、むろん化外に置かれたものであったのであろう。かくてその戦役の結果は、源頼義・義家父子前後十二年の苦闘の後、ようやく出羽・仙北の俘囚長清原武則兄弟の援助によって、安倍氏を殪すを得たのであったが、武則その功によって鎮守府将軍に任ぜられ、出羽より胆沢に移って安倍氏旧領の六郡を伝領し、相変らずその地を俘囚の手に委するのやむを得なかったのであった。否、清原氏はその勢力を奥羽二州に及ぼして、安倍氏以上のものとなったのであったに相違ない。

されば義家が陸奥守に任ぜられて、その内訌に干渉し、ついにいわゆる後三年の役を生ずるに至ったのは、これまた実際やむを得ざる次第であったといわねばならぬ。しかもその結果は前役と同様であって、五年間の戦争の末にようやく清原氏を殪すことが出来ただけであって、これがためにその地を国司支配の下に移すには至らず、相変らず俘囚なる藤原清衡が、清原武貞の養子として、旧来の六郡の地を伝領し、依然として