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おんなごころのつよければ

女心の強ければ

豊島 与志雄

「女性改造」1950(昭和25)年8月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 47,011 字 · 94 页

青空文庫

それが、立ち止って、霧の中からこちらを見ているのだ。

長谷川はとたんに、虚をつかれた感じだった。

あれから数日、二人はまったく愛人同士のように暮したのである。同じ卓で食事をし、同じ室に寝、代り番こに留守居をして本館の湯に出かけ、そのくせ、戸に錠をかって一緒にあちこち歩き廻った。

「わたしたちのこと、兄さんもうすうす感づいてるようよ。」

千代乃はそう言って、屈託もなさそうに笑い、長谷川も頬笑んだ。

けれども、不思議なことには、二人は情熱をもって抱擁しながらも、心からの愛を誓うことがなかった。彼女は時に黙りこんで、遠い彼方に目をやり、何か考え耽った。彼はうつむいて、あの時の夜明けの、彼女の謎のような言葉をかみしめた。互に踏み越え難い一線、或るいは踏み越えてはならない一線が、暗黙のうちに劃されてるかのようだった。

その一線は何であろうか。

今に明るみに曝してやる、と長谷川は考えた。それは愛の親和ではなく、男性と女性との闘争に似ていた。

霧の中の千代乃の姿は、透し絵のように捉え難い点で、彼の頭の中にある千代乃の象徴とも見えた。

長谷川はじっと眺めやった。

千代乃の姿は、やがて、ゆらりと動いて、こちらへ歩いて来た。